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2006年10月12日 (木)

ダークスター

 レンタルDVDで「ダークスター」を観る。
無名時代のジョン・カーペンターがダン・オバノンやロン・コッブ、グレッグ・ジーンなどの面々で作った1974年の超低予算SF映画。
これまでなかなか観る機会が無かったけど、こういうものまで気軽に観られるようになったのは良いことなのでしょうね。
昔は輸入ビデオのカタログを眺めて指をくわえているしかなかったわけで。

 現在の尺度で観ると未熟な技術の退屈な自主映画に思えるんでしょうが、これを「スターウォーズ」の4年前に公開したことのすごさ。

 登場人物達の「退屈な宇宙旅行」に飽き飽きした姿。落書きや、破れたピンナップだらけの薄汚れた宇宙船内。
杓子定規なメインコンピュータや屁理屈をこねては爆発したがる惑星破壊ミサイル。
 ビーチボールにペイントして店で売ってるビニール製のオモチャの手を貼り付けた出来合いの物なくせに乗組員を絶体絶命のピンチに陥れるエイリアン。

 当時としては画期的なビジュアルSF(懐かしい響きだな)が、これまた当時の世相を反映した、おそらく意図的な「ダルさ」で展開するわけです。

 「スターウォーズ」の存在を初めて知った少年サンデーのカラー写真(その時点では邦題「惑星大戦争」。その記事は今でも大切に取ってある)に大きく載ったサンドクロウラーのキャタピラのセットに衝撃的な実在感を感じたものですが、その原点はこのあたりにもあったのですねぇ。
 SFとはいえ、登場する機械は新品ばかりじゃなくて使い込んでるはずだろ。という、当たり前のはずなのにSF映画発祥の頃から誰も気づかなかった事。
それに「気付いた」だけでこの映画は素晴らしい。

 この映画が以後に与えた影響は計り知れないですね。もしこの映画を(本来は「フラッシュゴードン」を映画化したかった、と伝えられる)ルーカスが観ていたとすれば、そういったSF空間に自分の部屋や台所の雑然とした生活空間を取り込んでこれまでにないリアリティを表出しようと考えてもおかしくないし、その中に自分の個人的な趣味性を発揮しても構わないんだ、と思ってもおかしくないし。
 だって、XウィングやYウイングのコクピット以降のむき出しボディって、レーサー志望だったルーカスの憧れだった(当時の)F-1のデザイン構成だし、デス・スター攻略開始の瞬間にXウィングの翼が展開するのは「今こそレースだ」の合図が欲しかったんですよねえ(何同意求めてんだ)。

 以後オバノンは「エイリアン」でビジュアル・コンサルタントをやってギーガーを招聘して圧倒的なエイリアン像を作成し、デザイナーのコッブは同作で前代未聞の宇宙船内部のリアリティを担当したわけ(「ホント、「エイリアン」の船内描写は「ダークスター」延長上ですね。オバノンとコッブの功績が大きいことが改めて確認できた)。あの、スクラップをかき集めて作り上げたセットの迫真性は凄かった。当時もの凄い衝撃受けたし。
 ゲレッグ・ジーンもこれ以降、当時のアメリカ特撮にあるまじきミ(?)ミニチュア特撮で楽しませてくれた(特に「未知との遭遇」」のUFO出現、停電さわぎあたりのロングショットのミニチュアとか。ミニチュアに見えないか。ついでに「ワン・フロム・ザ・ハート」の壮麗さとかね。)

 繰り返し言いますが、これを読んでくれた人が面白いんじゃないか、と思って観られると困りますが、この映画、いま観ても絶対面白くないですよ。保証しますけど面白くないです。訳の分かんない連中が訳の分かんない事をダラダラやってるだけの映画です。作為的に。いちげんさまお断りらしいですから。
でも、これには意味があるんでしょう。いや、意味があったんです。少なくとも俺には。

 あー、なんか過去の、しょーーーもない作品に頭がグラグラしましたわ。
でも、そんなのがやってみたい。しょーーーもないこと。 


 余談ですけど良いですよ。今聞いてるTOTOの「No End In Sight」。

寝ます。

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